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2026/06/15 (Mon)
小説・上田大捕物2 ③(完結)
上田大捕物2 ③
つづき。
─10─
夜の山中は静かだった。
昼間でも、騒がしいわけではないが、獣たちも寝静まる時間にあり、聞こえてくるのは風の音と、フクロウの鳴き声がいくばくかのみだ。
風にゆれる木々のさざめきが、静かな山中にやけに大きく響いているような気がした。周囲が静かで、自らの声すらもなく、相手の声も聞こえず、耳が敏感になっているのかもしれなかった。
その木々の葉の音に加えて、自分たちの無機質な足音が加わる。ややぬかるんだ土の上に、浅い足跡が点々と残った。
少年は、お付きの忍たる青年のあとに付き従う形で山道を歩いている。忍の意識は、進行方向である前の方に向いているようにみえて、少年の周囲、あるいは山の中全てに全神経を集中させているに違いなかった。少しでも主に仇なすものあらば、たとえそれがヤブ蚊の一匹であろうと真っ二つに斬り捨てるだろう、というくらいに。
主の敵は自らの敵。それがこの忍の信条であり、他の全てを捨ててでもこの主を守る覚悟だった。
これから行く場所はその主を危険にさらすかもしれない場所で、何があるか、今の時点ではわからないのだ。待っているものは敵かもしれない。それでも調べなくてはならない。
歩いていると、開いた場所に出た。そこにぽつんと、古ぼけた漆喰の建物があった。
数日前、憲兵の滝由という男が、ここで死んでいるのが見つかった。その場所である。
「開けますよ。」
忍の青年、佐助が、すでに壊れている倉庫のカギをとりはずし、扉を開く。
「………。」
扉を開き、あかりを中に入れ、しばらくの間、中の様子をさぐる。
何もなさそうだと判断して、佐助は少年、幸村を中に引き入れた。
「うむ…。」
ろうそくのほのかな灯りにてらされた倉庫の室内には、雑多な荷物が積まれていた。
数日前、滝由が死んでいた場所には、ふきとりきれなかった血痕がいまだにこびりついている。床板にしみこんだ分は、今後一生残ることだろう。
幸村が床の血痕をながめている間に、佐助はすでに倉庫の内部を見分しはじめていた。荷物を移動させる音があたりにひびく。
「…?」
床をながめていた幸村は何かに違和感を感じた。
ろうそくを近づけてみると、あきらかに、床板の節目とは全く関係のないところに、血が染み入って筋のようなものができている。
ろうそくの火が、揺らめいた。
「…佐助!こっちだ。」
佐助が飛んで来る。
幸村が指さすと、佐助はくないを取り出して、不自然な血の筋の部分にあてがい、テコのように動かした。
かこん、と乾いた軽い音をたてて、床板がはずれた。
「…これは…」
「抜け道…ですね。」
それは、意外にも堂々と、倉庫の真ん中あたりにつくられていた。堂々としているゆえに、今まで誰も気がつかなかったのだろう。
佐助が完全に床板を取り払ってしまうと、黒い闇につつまれた洞穴のようなものが大きく口を開いて何者かを待ち受けていた。
「…入ってみる…?」
「…どこへつながっているか、わからないんだぞ…。」
正直、ふたりとも怖がっている。幸村はもともと武士である身である故の性質か、得体の知れないものや見通せないものを極端に忌み嫌っているし、佐助は面倒なことが好きではない。
どこに出るかわからないような、そもそも出口があるのかわからないような穴に、入りたいとは思わないのだ。
「………臆していても仕方がない。行くぞ、佐助。」
しばらくの沈黙のあと、意を決したように幸村が言った。得体の知れないものは恐れても、臆病者のそしりを受けるのは勘弁ならぬ。それが武士だ。
幸村が足をつっこもうとするので、佐助がそれを止める。
「待って、俺が先に入るから。」
佐助は穴に飛び込むと、その中から、幸村に手をかして幸村を中におろした。
「なんだ、階段がちゃんとついているじゃないか。」
「旦那、見てこれ…。血だよ。」
3段ほどしかない階段と、その周辺の地面、よくよく見てみれば、そこに至るまでの道すべてに、ひきずったあとのような血が残っていた。
「間違いなく、滝由の遺体をひきずってここまで運んできたあとだな。」
「だねえ。ようするにどっかにつながってるわけだ、この穴。どうします、このまま進んでみる?」
「無論だ。ここまできたら、地獄の底まで行ってやろう。」
食いっぱぐれるからやめてくれる、と冗談めかして言いながら、佐助は片手にろうそくを、もう片方の手に幸村の手を握って、前に進んでいった。
幸村は、ときおりうしろを気にしながら、佐助に導かれるまま、着いて行く。
「ほぼ一本道みたいですね…。」
「…くだっているような気がしないか…?」
「そう…?」
なにげない会話をしながら、ひたすら歩く。
しかし先にはなにも見あたらず、別れ道すらなく、ただ狭いだけの山道のようにも感じられる。
土壁を木の枠で申し訳程度に囲って、補強しただけの道はたよりなく、少しの震動で埋まってしまいそうだった。
「…長いね…。」
「もう、ずいぶん歩いたが…。」
そろそろ疲れたな、と言う頃合いだ。
しかも、ただ歩いているだけでなく、前後を警戒しながらなのだから、精神的な消耗もし始めている。
「あ…旦那…いきどまりっぽい…」
「なんだと?」
さんざん歩いてきたのに、行き着いた先は壁だった。カビくさく、ツタが絡まり放題になっている。
地面には、少しばかりの水たまり。
「う~ん、なんかヒミツがあると思ったのに、はずれかよ。戻りますか。」
「いや、待て、佐助。」
あっさりと引き返そうとする佐助を、幸村が制した。
「なに?」
「上をみろ、少し明かりがもれている。」
幸村が指さす方を見てみれば、たしかに、上の方に少し穴があいていて、そこから光が差し込んでいるのだった。
「…よし。」
佐助は幸村をそこに残し、壁にからまるツタをつかんで、それを伝って軽々と上にのぼっていく。
特に時間もかけずに天井までたどりつくと、覆っているであろう天井を破らんと、くないを出して打ち砕いた。
なんの抵抗もなく天井がやぶられ、佐助はそこから顔を出してあたりをうかがう。そして、
「あれ?」
「どうした、佐助。何がある。」
素っ頓狂な声を出す佐助を不審に思い、幸村は下から声をはりあげた。
すると佐助が顔をひっこめてきて、
「旦那…ここ…。」
「なんだ?」
「上、あがってきて。」
佐助は先に外に出、それから幸村がのぼりやすいように、上から縄ばしごをたらしてきた。
それにつかまって脱出すると、幸村は声も出ない。
「………。」
「まさか、こんな落ちだとはね…。」
「な、なぜ?ここに…?」
山中の古い倉庫の抜け道、そこからつながっていた、その場所は、幸村の部屋のそばにある、あの古井戸だったのだ。
抜け出してみると、見慣れた庭がひろがっていたため、幸村は拍子抜けした。
「これでほとんど謎がとけたよ。あの夜、だんなが動いたっていってたこの板、もしかしたら誰かがこの中に入るか出ようとしてたかしてたときに旦那が見ちゃったのさ。あの、怪談話の正体もそれだよ。昔から抜け道に使われてたんじゃないか?抜ける先は山の中だし、戦のときに使われていたのかもしれない。そしてその上に倉庫がつくられたんだ。隠すために。」
「なるほどな…。」
「それから、密室状態になってた倉庫。滝由の死体をみつけたとき、カギが落ちていただろ?あのカギ、もともとは、死体を倉庫から外に持ち出すつもりだったんじゃないか?ところがだ、倉庫について、カギを落としたことに気がついた。中から扉をあけるにはカギが必要だ。知ってる?ああいう倉庫って、外側のわかりやすい南京錠とは他に、扉の下の方に鍵穴があるの。内側にも外側にも。」
外からは南京錠がかかっている。が、扉が中からあけられれば、南京錠にさえぎられても人ひとりくらいなら無理をすれば通れるすきまがうまれるのだ。
「カギがないことに気がついて、あきらめて遺体をそのままにして、自分は抜け道から脱出した…か。」
「そういうこと。」
井戸の中からはいあがり、幸村は地面におりた。
フタ板のとれた井戸は風がとおるたびに風切り音が響いた。
「…夜中に聞こえる女の声も、これが正体というわけか。」
「怪談話も全部井戸がらみだったわけだね。」
幽霊の、正体みたり…とはよく言ったものだが、知ってしまえばなんてことはない。
しかし、問題はそんなところではない。
「…で…倉庫に抜け穴があったことは重要な発見ですけど、このあとはどうします。正直いって八方ふさがりなのはかわりなしだ。」
「……ここのくぼみ。」
「うん?」
「ここの、ふちのところに、くぼみがある。これは、縄のあとじゃないか?」
幸村のいうとおり、井戸のふちのところに、不自然にけずれたようなあとが残っていた。
「たしかに、そうみたいだ。頻繁に縄をたらして、食い込んだんだろうな。でも、これがなに?」
「いや…ここまで深いくぼみができるんだから、相当の数の者が、何度も行き来したんじゃないかと…思ってな。」
佐助は幸村が何を言おうとしているのか、最初理解できなかった。しかし最近の事件をいろいろとからめて考えてみて、はっとする。
「まさか、旦那、いなくなった人間がみんな、抜け道通って…って…そういうこと?」
幸村は浅くうなずいた。
「いなくなった者たちが、お桂や滝由のように全員被害者とは限らない…ぐるかもしれない。抜け道をつかって城の外に出て、なんらかの行動を起こしていた…それで何週間も姿を見せない者も中にはあったのだろう。我々がそれに気がつかなかっただけで、入れ替わり立ち替わりしていた。だが途中で俺たちが気がついた。居なくなった者達の名簿までつくってしまったから、城に戻って来れなくなった。…そんなところじゃないだろうか?」
「なるほどな。だから“人が減ってる”なんてうわさが立つようになったのか。日によっている人間の数が変動すりゃ、そりゃそんなことも言われるようになるよな。」
「問題は、何のために?ということだ。そこがわからないと、解決にはならん。殺しの犯人もわからない。吉沢殿と決まったわけではないからな。まだ、調べることは山とあるぞ。」
─11─
少しずつだが確実に真相に近づいている、という確信があった。
あと少しで、あとほんの一押しで、なにもかもわかるだろうと。
その「あと一押し」を求めて、あれこれ調べているところなのだ。
いや、調べている、というより、すでに調べはついていて、追い詰めるきっかけを探している…と言った方が正しいかもしれない。
幸村は、ここ最近で起きたこと、気がついたことを、すでに結びつけていた。そこに更に裏付ける何かが欲しい…そう思っている。
幸村は1枚の紙を卓の上に放った。
「この名簿も」
紙の中には十数名の名が連なっている。
「共通点などないと思っていたが…。」
“いなくなった者リスト”だ。事件が起きて調べ始めた当初は、いなくなった者達にはなんの共通点も見いだせず、ただ無作為に抽出したような結果だった。
しかし名簿の者たちをひとりずつ洗ってみると、意外な共通点が出てきたのだ。
「これが決め手になれば良いが。」
「あとは刃傷沙汰ですかね…。」
部屋のすみの方に突っ立っていた佐助が言う。
「吉沢があやしい、って言ってたけど、吉沢は普段、帯刀してないんですよ。もともと、戦いを生業としていないから。これでつじつまがあわなくなっちまった。」
あてがはずれて残念そうにため息をつく佐助を見て、幸村は口の端をくっとあげて笑う。
「佐助、耳をかせ。」
「何。」
「実はもう調べがついているんだ。」
「ええ?」
「だからお前にやって欲しいことがあるんだ。」
今度は佐助が笑う番だった。
「なんです?」
幸村が頼んでくるといえば、いつも難題が多い。しかしその方が張り合いがある。
「まずは……、」
他に誰も聞いていないのだが、わざわざ耳打ちしてくる幸村のくすぐったい声を聞きながら、佐助は大きくうなずいた。
─12─
男は焦っていた。
不審には思われても、きっとばれないだろうと思っていた計画が、ここまで深入りして調べられることになるとは思わなかった。
いや、そうだとしても、自分には矛先は向かないだろうと高をくくっていた。
しかし今や、縄はすぐそこまで迫っている。
そう、自分自身には危険がないとはいえ、あの人物を調べられたら、そしてあの人物があらいざらいしゃべってしまったら?そうしたら全てが無に帰すのだ。自分の行ってきたこずるい行為も策略も、なにもかも公になってしまう。
今夜、あの人物を呼び出した。
今後について話し合おうと言って。
まともに話ができる状態かどうかわからない。向こうも焦っているに違いないから。
思えば、ここ一月あまりでふたりも殺すなんて思わなかった。
最初に殺してしまったお桂は、本当に事故だった。殺すつもりなんて最初からなかったし、お桂が斬られたのも、不運なことだった。悪いことをしたと思っている。
あのとき、まさかあんな話をしているときに、人が現れるなんて思わなかった。まずい話を聞かれて、思わず斬っていた。遺体を片付けるのに必死で、血をふきとる時間がなくなってしまったのは誤算だったが、朝になって見たあの量の血なら、拭き取ったとしても汚れがきれいさっぱりなくなりはしなかっただろう。
しかし、あの二人目だ。あの男め、最初は自分の持ちかけた計画に乗り気で、途中からは無心までしてきたくせに、この期に及んで怖じ気づいて、あまつさえ、自分に対して「やめた方がいい」などと言ってきた。逆上して斬ってしまったのは自分の落ち度であるが、原因をつくった相手も悪いだろうと思う。
そして、今夜も。
奴が自分にとって不都合なことをしゃべってしまう前に。
二人目のあの男のように、じぶんをいさめるような口をきく前に。
男は、刀をにぎりなおした。
─13─
月夜だ。
歩いている庭に自分の影が色濃くうつるほどに、昼間の太陽光とかわらぬ明るさであたりを照らしている。
じゃらじゃらと高い音を出す玉砂利をふみしめて歩くと、蒸し暑い夏の夜の空気がかきまぜられるようで、不快感がある。
待ち人はいつもの場所で待っていると言っていた。誰にも邪魔されず、秘密の話をするには一番良い場所。誰にも知られず、誰にもわからない場所。
刃傷沙汰を起こしてから、監視の目が厳しくなったのでは、と思うのだが、「何も一日中見張っているわけじゃない。夜なら安心だ」と言い含められてしまった。
常に城に駐屯している身で、夜、門番の隣を堂々と通って外に出るのは不自然すぎる。
この抜け道は、非常に便利だ。
この城の主の部屋の近くにあるのが少々の気がかりではあるのだが、幼い主人は早々に寝てしまうようだから、意外にも気がつかないのかも知れない。好都合なのだが。
その主人の部屋の前に立つと、すでにあかりは落とされていた。もう眠っているらしい。
感覚の鋭い武士だから、少しの物音や気配で起きてしまうかもしれない、と思って、玉砂利を踏む足をゆっくりと動かしてなるべく音を立てないように気をつけながら、抜け道の入り口である古井戸にたどりつく。
ふと、さわってみて、古井戸にそなえられた落下防止用の木の板が、いつものものと違うような気がしたが、それほど気にせず、いつものように少しずらしてカギ縄をたらし、それを伝って降りた。
「!」
井戸の底に降り立った男の前に、鋭く光る金属の刃が突きつけられた。
─14─
「……。」
男は倉庫の中に積まれた荷物の上に腰を下ろして、床を見下ろす。
目の前に、拭き残された血痕が、薄汚れた染みと化してひろがっていた。
城の中で殺して、ここまでひきずって来た死体の主を思い出す。もはや顔すら思い出せないが、いけすかない男だった。だが死んでからは、少しだが自分の役に立っている。少なくともあの男のおかげで、自分はまだ泳げているのだから。
思案を続けていると、足下の床板からコンコンとたたく音が聞こえ、しばし後に床板がずれて、見慣れた人物が姿を現した。
「遅かったな。」
「申し訳ない。他の仕事を片付けていて。」
まあいい、と男は姿勢を正して、抜け穴から出てきた人物に向き直る。
「吉沢、お前は今後どうするつもりでいる?このまま、俺の計画に乗ってくるか?」
男は不審げな表情を吉沢に向けて、右手はしっかりと刀をつかんで、問う。
吉沢はその場に立ったまま、さりげなく、自分が出てきた抜け穴を隠す床板を、足でさらにずらした。
「私は…」
男は息を呑む。男の答えはすでに出ている。吉沢がついてくると言えば生かす。そうでなければ斬る。斬ってしまえば、自分は永遠に逃げられる。その確信があった。
「もう、これ以上、罪を重ねることはできません。」
他の雑音をすべてはじいて、吉沢の声がその場に冴えた。
その瞬間、男はためらいなく抜刀していた。お桂や、あの男と同じように、肩口から腰のあたりまで、いっきに切り裂く。
─その、つもりで。
「!?」
吉沢の肩口をとらえたと思っていた刀は、意外にも吉沢の体に一切とどかないまま空中でうけとめられていた。
なぜ、吉沢は武器を持っていないのに、と思い、吉沢の手を見れば、ちいさな黒い金属の刃が握られていた。よく知らないが、これは忍の者が使う携帯用の刀みたいなものではないか?
それに気づいたとき、男の目が驚愕にみひらかれた。
─この男は、吉沢ではない。
「気がつきました?」
吉沢は右手を軽く払って、男の刀をふりほどくと、2.3歩後ろにさがった。自分の姿を見せつけるかのようにくるりと一回転すると、姿が一変して、細身の男がそこに現れる。
「お、お前は…」
「まあアンタは知らないんでしょうけど、一応真田隊の長なんで、そこんとこよろしく。」
正体を現した佐助は不敵に笑う。
男は何が起こっているのかわからず、混乱していた。倉庫の扉をめざしてはしるが、カギがなくては扉は開けられない。
「なるほどねー、旦那の言う通りだったってわけ。これで全部、解けたよ。ねえ、旦那。」
「!?」
男が驚いて振り向くと、抜け穴から自分の主人でもある真田幸村がひょっこり顔を出していた。幸村は軽い身のこなしで瞬時にして穴から飛び上がり、倉庫の床に降り立つ。そしてそのあとから、吉沢が、姿を現した。
「よ、吉沢……。」
「悪いね~。ここに来る直前にとっつかまえてすりかわったんだよ。残念だったな、…滝由さん。」
「………!」
「つめが甘い。ここで死んでいたのは、別の者だったのであろう?腐乱が激しくて、顔の判別などつかなかったがな。自分の衣服を着せておくまではよく思いついたと言っておいてやる。だが、それが裏目に出たな。」
「憲兵であるお主なら、常に帯刀しているし瞬間的に人を斬ることも可能だっただろう。それに、お主が城の中の者に声をかけて帳簿に細工をして金を動かしていたのも、すでにわかっているぞ。巧妙に隠したつもりだろうが、甘かったな。」
幸村の手には、数枚の紙がまとめられていた。それは滝由が細工をしてごまかした、いわゆる、裏帳簿だ。
滝由の部屋や私物を調べて発見されたらしい。
数年前から、滝由はそろばんの腕を買われて予算をまとめて報告をする、という役目をたまわっていた。無論、所詮憲兵の身で全てをまかされているわけではなく、何重にも照合作業が行われるのだが、滝由はいわゆる、入り口の役目。いくらでも細工することができた。いわば、滝由が報告をした内容こそが、基盤となるのだから。
当然だが、いっきに大金は動かせない。そんなことをしたらさすがに不審に思われるし、すぐにばれてしまう。
動かす金は少しずつ、「これくらいの計算間違いや予算のズレは、毎年必ずある」とあらゆる人間が思ってしまう程度におさえ、それでも確実にかすめとる。しかしあまりにも大きな額になってくると、それでもやはり不自然だということで、城の中のあらゆる分野の仕事を担う人物…たとえば調理場であったり庭師であったり、厩番であったり…に声をかけて、必要経費を少しずつ水増しして請求してもらう。そしてその分、予算をいじって稼いだ金を、分配した。
そのためにときおりばらばらに人間を集合させて、時には数日にわたって計画を練っていた。
「予算の計算があわなかったのも、お主がすべて細工していたからか。吉沢殿までまるめこむとは、小悪党にしては頭をつかったとほめてやる。」
「まぁ、吉沢がいなかったら、あんたみたいな人間は何もできなかったでしょうけど?小金を稼いでよろこんで、ごまかす方法すらわからなかったんじゃない?」
「……ならば、吉沢も同罪だ…!俺の計画に気がついて、声をかけてきたのは吉沢の方なのだから!本当の裏切り者は、そいつなんだよ!」
幸村は吉沢を見る。
吉沢は申し訳なさそうに、うつむいた。
「…本当のことです。半年ほど前、滝由が帳簿に細工していることに気がつきました。最初はいさめるつもりで、声をかけたのですが、稼いだ金をわけてやると言われ、計画に協力することになって…。」
「まあ誰にでも、悪心は働くものさ。それに罪悪感を感じるか、そうでないか…そこだよな。あんたはどうなんだ、滝由さん。」
滝由はもはや何も言わず、悔しげに幸村の方をにらむだけである。
「名簿に連なった者を調べてみたら、おのおの、大なり小なり金に困っていて借金もあったという共通点がみえてきたのだ。今は城に出てきていなくて、町中さがしてみたらあちこちに点在する形で存在していた。とりあえずは無事で何よりだ…してきたことは褒められたことではないがな…。」
幸村は心底残念そうにつぶやく。信頼していたはずの部下たちがそろって裏切っていたのだから、それも仕方がないかもしれない。
幸村は一歩前に出、
「…裏で金を流していたことに関して言うなら、お主が今後行いをあらためると誓うなら不問にしてやってもかまわない。…2人を殺したことは、さすがに罪をつぐなってもらわなくてはならないが…。」
「…だって。良かったじゃん。どうする?あんた、ここまで言ってもらってるんだから、この機会を逃す手はないんじゃないの?」
滝由はいまだ、不服そうに顔をゆがめ、幸村をか、それともその後ろに立っている吉沢をかをにらんでいる。
刀を握りしめる手が、緊張と怒りでふるえ、汗がにじみ出てくる。
自分にはもう逃げ場がなく、たとえ不問とされたとしても、今後の自分の人生はもう真っ暗だ。城の、強いては国の金を裏へ流し、罪を隠すために2人の人間を殺した。憲兵としてやっと駆け出し始めたというのに、こんなところで、つまずいてしまう。
罪を許されても、結局自分は何もかも失う─。
「う、あ、ああぁっ!」
すでに抜き身となっていた刀を、構えもなにもなく振り上げる。刃の落ちる先には幸村の体が待っている。幸村は驚くこともなく突っ立ったまま、滝由の動向を見つめていた。後ろにいる吉沢だけが飛び跳ねるように驚いて尻餅をついてしまう。
柔らかく、ものがぎっしり詰まった物体の中に異物を挿入したときのような独特な音がしたかと思えば、その先からぶちぶちと繊維を引き裂くような音が聞こえた。
滝由の体は刀を上にふりあげた格好のまま静止し、顔は驚愕の表情に凍り付いていた。その滝由の体にはいまや、佐助が自分のくないを突き入れているところだった。
不気味に黒く光るその金属は、滝由のみぞおちから斜め上に差し込み、肉を裂き骨を断ち、臓腑と血管を断裂させながら、佐助の手首ごと体内に入り込んでいるところだった。
佐助は冷徹なまでに淡々と、右手を半回転させて追い打ちをかけ、人の生体活動を停止させるだけの一通りの作業をこなしてくないを引き抜いた。くないと、それをつかんでいた手は赤黒い液体につつまれて汚れたが、そんなことは気にしなかった。
滝由はいまだ何が起こったかわからないというような表情のまま、口から肺の中にたまっていた精一杯の空気と、臓腑が突き破られたことによって食道を通ってあふれてきた血液をはき出すと、ふりあげていた刀を背後にずるりと落とし、そのままひざから崩れた。
床に落ちている人間の形に非常に近い肉のかたまりから、赤色の液体がゆっくりとひろがり、倉庫の床一面にまでたまっていった。
抜け穴のあいた場所がさえぎって、滝由の生きていた証は幸村のもとまで届くことはついになかった。
「…立場が違うんだよ、おばかさん。」
主の温情を無視した不逞の輩に冷たいまなざしを向け、佐助はくないの血を振り払う。
くないをどこぞへしまうと、佐助は幸村に向き直る。幸村はほほえみながら佐助にうなずきかけた。その笑みが哀しみをたたえたものだとは、見た人間ならわかるはずだ。
「帰りましょう。」
佐助は倉庫のカギを取り出した。
「夜更かししたら、朝起きられないですよ。」
佐助が左手を差し出すと、幸村はその手をとった。
─15─
初夏をすぎ、季節は真夏へと突入していた。
「蒸し暑い」程度に感じていた気温が「暑い」から「暑苦しい」になるまで、こうなるとほぼ時間もかからない。
外にはこの地まで涼を求めてやってきた人たちでごったがえしていた。今夜はそんな人たちからの収益を期待した祭が催される。夕方から屋台が並び、夜には太鼓の演奏と花火の打ち上げがあると聞いている。
この城の若い主はひっそりと、その祭に参加したいという希望を抱いていたようだったが、この夏に起きたいくつもの事件の事後処理と普段の仕事におわれてそれも叶わないまま終わりそうだった。
そんなわけで朝から残念そうにしているわけだが、部下の忍が持ってきた氷をけずって粉のようにして、糖蜜をたらした菓子でとりあえず機嫌をなおしたようだった。
あのあと、どうなったかといえば。
幸村は結局、この件にかかわった者を一切処罰せずに、何もなかったこととして済ませることにした。いなくなっていた、というよりかは城に出てくることができなかった者たちを連れ戻し、吉沢も今後半年ばかりの減給だけを命じたのみにとどめた。
本来ならば切腹ものだろうが、幸村は更正の見込みがある者たちを極刑で罰することなどできないと思った。
「でもさすがに次はないですよ。」
幸村に持ってきたものと同じ氷菓子を匙ですくって口に運びながら、佐助が言う。佐助はいつもの迷彩柄の外套を身につけておらず、素肌に胸当てのような布をつけているだけだ。
忍とは体温調節もできるのではなかったかな、と幸村は思ったが、口には出さなかった。
「旦那は甘いなあ。ああいう連中を、許しちゃうと、いい気になってまたやりますよ?首斬れ!とはいわないけど、役目を落とすとかさーそういうのも必要ですよ?甘いのと優しいのは違いますからね。言っとくけど。」
「わかっている…。」
氷菓子を口に運ぶと細かい氷の冷たい間食と糖蜜の濃い甘さが口の中にひろがってのどを潤していく。
「お前の言う通り、今回だけだ。次はない。でも、二度目をすることはないと、信じているから。」
「旦那らしいね。」
器の底にたまった、氷水と糖蜜のまざった液体を、のどに流し込む。
「ねえ。」
「ん?」
匙を口の中に運ぼうとしていた幸村はその動きをとめる。
「行こうよ、今夜。お祭。」
一瞬、ぱっと表情が明るくなったが、すぐにまた沈んでしまう。
「でも…」
床にちらばった書類に目をやる。
「いいじゃん、ここ一月くらい、全然休めなかったんだから。」
佐助は氷菓子の器を床に放り出すと、幸村の腕をつかんで立ち上がらせた。
そのまま幸村をひっぱっていき、ふすまを開ける。
「実は今年の新しい浴衣も用意してたんですから。これ着て行きましょうって。」
押し入れの中に入っていた荷物の一番上に真新しい桐の箱が置いてあって、佐助はそれを引っ張り出した。フタをあけると、のりの臭いがする浴衣が一式、現れた。
「いい柄じゃないですか~?高見を目指す、って感じで。旦那にぴったり。」
「…うん。」
濁流を上っていく鯉たちをその目にうつしながら、幸村が何を思っていたか。それは誰にも、わからない。
終
【Comment】
ようやく終了です。
この小説、①を書いている途中にUSBがクラッシュしまして、割と新しめのファイルとフォルダだけが破損してしまうという残念な事件にみまわれて、割と本気で書いていた文章が全部消えてしまいまして。
思い出しながら書いたのですが、書き上げてから「あ、あの文章もあった」ということを思い出したりして苦い思いをしました。
「BASARAでミステリーみたいなものが書けないかな?」と思ったのがことの始まりで、書き始めてから「ミステリーってむずかしいんだ」と思い知りました。
結局「だから何?」なことになってしまったんですが(笑)
今回はぽんぽんぽん、という連続するテンポの良い会話をメインにしたくて、いつもより会話シーンを多く入れてみました。……あれ……もしかしていつもとかわらない…!?
私の小説って、いつも、放っておくと「脚本じゃねえのこれ」っていうくらいセリフしかないものになってしまうので、気をつけながら書いてるんですが(笑)
かわってなかったらごめんなさい。
久しぶりに真田主従の話が書けて楽しかったです。
ミステリー?にもチャレンジできて良かったです。
では、またの機会に。
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2009/06/02 (Tue)
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